たまには愛を考えたい-「おおきな木」
原書は1964年に、日本語版は1974年に初版が出されています。アメリカはもとよりフランスなど世界中でロングセラーを続けています。これは絵本です。しかし、こうした絵本の中には大人が読んでも十分に味わい深い感情を持って、自分の人生を振り返えらせてくれる物があります。
| 不思議なものです。この本の事は知らずに大学3年生の頃、おおきな木をモチーフにした小説(といっても人様にお見せできるようなシロモノではありませんが…しかも未完成)を書いた事があります。人は木に対して、ある種の母性愛を感じるところがあるように思います。 私が小学生くらいの頃はまだまだ身近にたくさんの森や川などがありました。毎日駆け回っていた思い出があります。今でもたまに緑地公園などに行くと、鮮明にあの頃がよみがえってきます。最近は特に木の温もりを感じられる無垢材を使ったリフォームが好まれる風潮があるのも、木にはどこかそんな人の心に通じる何かがあるように思います。 |
| 読み終わって、いえ、読んでいる間ずっと考えていた事があります。昔話です。 私に出逢う前の彼女は不倫をしていました。と言っても彼女はその事実を知らないでずっと付き合っていました。その最愛の人に妻子がいることが分かり別れました。彼女は自分の父親の浮気で家庭が混乱した時、何とかしたいと彼女なりに努力をしてきた経験を持っています。私と出逢い、そんな反動のせいか少し小走りで私との新たな歩みを進めた頃です。元の彼が奥さんと別れたと言う。そしてやり直したいと。彼女は今その彼と供に居ます。 全てをゆるし受け入れる母性愛は貴いものです。これは理解(理性)の問題ではありません。特に男性(少なくとも私)はこの事について、これまで似たような困惑を経験した記憶があるのではないでしょうか。人によっては上記の話を単なるエゴと言うのかもしれません。しかし、彼女と彼の2人の関係だけで考えた時、それはひとつの母性愛の形なのかと思っています。いつまでもおさなごを見守る『おおきな木』のように。幸せが個々だけのものだとするなら一生を掛けるおおきな価値を感じます。 |
| ところが、残念な事にこの世はたくさんの立場と関係が存在しています。それぞれに感情と利害が存在しています。幸せが自分を取り巻くたくさんの関係の中で形作られると考えるなら、もっと大きな母性愛の形があるように思います。全ての希望をかなえる努力はすべきだと思います。しかし、それでもなお現実には程度の差こそあれ、誰もが何かをするために何かを犠牲にしています。母性愛というと男性には分かりにくいので、あえて「思いやり」とか当コーナーのテーマである「やさしさ」という言葉に置き換えてみます。先の話を読んであなたは「やさしさ」「思いやり」をどんな風に考えますか?この本を読んでからは「やさしさ」「思いやり」についてどんな感想を持ちましたか?あなたの幸せとはなんでしょうか?忙しさにかまけて、棚上げしている大切なこと。それを考えさせてくれる本です。もし良かったらその考えを私に教えてください |
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